役員紹介 Introducing Officer

白岡亮平

代表取締役最高医療責任者
白岡 亮平 ( Ryohei Shiraoka )

1979年 新潟県生まれ
1995年 埼玉大学教育学部付属中学卒業後、慶応義塾高校に入学
1998年 慶応義塾大学医学部に進学。在学中米国コロンビア大学に短期留学

大学卒業後、さいたま市立病院、慶応義塾大学病院などに勤務し、小児医療を中心に一次医療から三次医療まで地域医療に勤務医として専念する。

その後、クリニックの勤務医を経て2012年4月、東京都江戸川区に365日年中無休の「キャップスこどもクリニック西葛西」を開院。同年7月に医療法人社団ナイズを設立。その後、2013年7月「キャップスクリニック北葛西」、2014年1月「キャップスクリニック代官山T-SITE」、同年9月に「キャップスクリニック亀有」を開院。医師として小児科と内科の診療に従事し、医療法人社団ナイズ理事長、4つのクリニックの総院長を務める。

日本の医療のあり方への疑問から地域の健康づくりを「病気になってからの治療」から、「病気になる前に防ぐ予防」にするため、予防医療・セルフメディケーションを推進する医療拠点を展開している。また、健康は医療だけではなく、運動、食といった生活習慣が関わり、それらを浸透させるため教育とIT技術が重要であることを認識する。2014年12月、メディカルフィットネスラボラトリー株式会社を設立。

日本医師会認定健康スポーツ医、米国アスレティックトレーナーやストレングスコーチの必須資格とも言われるNASM-PES、加圧トレーニングインストラクターなどの運動に関する多くの資格を有する。さらに、アスリートの食を支えるためのジュニアアスリートフードマイスターの資格を有する。医療、運動、食といった多方面から人の健康を作る活動を行っている。


金谷義久

取締役最高執行責任者
金谷 義久 ( Yoshihisa Kanaya )

1988年 東京都生まれ
2008年 早稲田大学高等学院卒業
2012年 早稲田大学基幹理工学部応用数理学科卒業

高校在学時、音がひとに与える印象や影響-音韻論-について、2年間ほど研究。卒業論文の題材とする。大学進学後は、金融工学、数値解析を専攻しながら、血液型占いの信憑性を確かめるために、マルコフモデルによる統計分析を用いて、血液型による相性の相関性の有無などの研究を行う。

また、大学在学時より、株式会社リアルワールドに参画し、クラウドソーシング黎明期より事業推進を担当。クラウドワーカーの認知拡大とアウトプットクオリティの向上を目指し、働き方改革に邁進。2013年より上場準備業務、経営管理、全社業務フローの整備等に従事。2014年9月、東証マザーズへの上場を経験。上場後は、事業企画、経営企画等を管掌し、同社の経営に携わる。

「ひとがより豊かな生活をおくるために、なにを為すか」を軸とし、働き方の多様化や健康経営という観点から、予防医療、セルフメディケーションといった個人の意識変革の必要性を感じ、メディカルフィットネスラボラトリー株式会社への参画に至る。 2017年7月当社入社、取締役COO就任。


鶴谷武親

代表取締役会長
鶴谷 武親 ( Takechika Tsurutani )

1965年 横浜市生まれ
1984年 筑波大学附属高等学校卒業
1990年 埼玉大学教養学部社会システム専攻卒業

大学卒業後、セコム株式会社に入社。派遣留学を経て、本社調査室、戦略システム企画室等で 企業グループ経営戦略の立案、商品企画、サービス企画に従事。 1994年、同社を退社し、起業。デジタルハリウッド、アイ・エム・ジェイ、デジタルスケープ、ポリゴンマジック等の創業に参画し、米国教育機関DH Institute of Media Arts CEOを経て、1999年フュ ーチャーインスティテュートを設立。2014年、医療法人社団ナイズの幹部らと共にメディカルフィッ トネスラボラトリー株式会社を設立。

同時に、多摩美術大学等の大学で教壇に立ち、2005年より早稲田大学大学院で教鞭をとる。現在、同大学院客員准教授。専門分野はクリティカルシンキング教育、ベンチャー経営、イノベーション、ユーザーインターフェース、ITビジネス。また、テレビ番組「セサミストリート」ではアドバイザリーボードの議長を務めるとともに、コンテンツディレクターとして番組のテーマとして組み込むカリキュラムの設計・監修に従事した。一貫して、教育・IT・コンテンツを切り口に企業活動や社会活動を展開している。

他に、NPO法人CANVAS評議員、NeoLab株式会社取締役、ポリゴンマジック株式会社代表取締役、株式会社ジーパラドットコム代表取締役、ジープラ株式会社代表取締役。


爲末大

取締役
爲末 大 ( Dai Tamesue )

1978年 広島県生まれ
1997年 広島皆実高等学校卒業
2002年 法政大学経済学部卒業

2001年エドモントン世界選手権および2005年ヘルシンキ世界選手権において、男子400メートルハードルで銅メダルを獲得。陸上トラック種目の世界大会で日本人として初のメダル獲得となる。シドニー、アテネ、北京と3度のオリンピックに出場。

2003年、プロに転向。プロ陸上選手としての活動と並行して、2010年8月、アスリートの社会的自立を支援する「一般社団法人アスリートソサエティ」を立ち上げる。 2012年6月、日本陸上競技選手権大会を終え、現役引退を表明。現在はスポーツと社会、教育に関する活動を幅広く行っている。